錆びたナイフ

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2013年4月24日
[本]

「ブラックホール戦争」 レオナルド・サスキンド

「ブラックホール戦争」


ブラックホールを見た人は誰もいない.
光さえ呑み込むのだからそれは真っ黒で、何も見えない.
でもそれはある、と確信しているのは理論物理学者だ.
アインシュタインの相対性理論から導き出されたのだから、その存在にまちがいはない、と彼らは思っている.
それだけではない、たくさんの学者たちが、この見たことも触れることもできないものについて、あまたの理論を構築した.
この「黒穴」は人の心も呑み込むのである.
そしてそうあるべけんや、何でも呑み込むブラックホールはやがて蒸発して消えてなくなる、
という驚くべき理論を提示したのは、この書の論敵スティーヴン・ホーキングである.
するとブラックホールに落込んだ「情報」=エントロピー=「ある種の秩序」も消えてなくなる、とその車椅子の天才物理学者は主張した.
つまりブラックホールに落とした千円札は、結果的に宇宙から消えてなくなってしまう.
それは、燃えたとか、破れた、というのとは次元がちがうらしい.
そんなバカなことがあるか!
とこの本の著者サスキンド他の科学者が、20年に渡って論争し、新たな理論を生み出し、ホーキングの間違いを正した、とするのがこの本である.
何のことはない「戦争」ではなく「論争」だが、学者達の人物像やケンケンガクガク丁々発止、失敗した発想や新たな思いつきなど、物理学者の仕事ぶりや意固地な人格がかいま見られて面白い.

一般向けの解説書らしく、数式はほとんど出てこない.
それでもブラックホールのエントロピーを計算するステップなどは素人にも分かる.
しかし、ホログラムと超弦理論の辺りから一般向けの解説を放棄したかのように、話はチンプンカンプンになり、ついにブラックホールの地平線に、エッシャーの「だまし絵」が現われる.
素粒子とブラックホールと宇宙とが渾然としていた話は、ひもと多次元が加わりSFを越える.
「驚くべき事実は、ひも理論が本質的にピクセルで構成された宇宙を記述するホログラフィーの理論だということである」
(だいじょうぶか?サスキンド博士)
科学者の考えるたとえ話は、この著者に限らず本人が思っているほど分かりやすくはない.
飛行機がブラックホールに落ちてゆく時、それを(落ちないで)見ている人間にどう見えるかという妙ちきりんな話があり、
時空の歪みでプロペラの回転が遅くなって見えるだけでなく、プロペラが巨大化する、と言っている.
(それ、昨晩見た夢の話でしょ、博士)
相補性とホログラフィック理論とひも理論と極限ブラックホールとDブレーンで、ほんとうにホーキングを論破できたのか?
論争に勝ったと信じる著者達は、浮かれて「マルダセナ音頭」を歌っている.(本書501頁)
ホーキングは病状が進行して、発話コンピュータが沈黙しているだけではないのか.

著者はしまいに、加速膨張している宇宙の最果てはブラックホールの内側に似ている、という.
つまりそこでは、ひもが巨大化し、半径150億光年のホログラフィック壁画となって、我々を含む全宇宙のありさまを映し出しているのだ.
わはは、君もボクも実は3D映像だったのだよ、ワトソン君.
この、素粒子の極小と宇宙の極大のこんがらかり様のなんと素晴らしいことか.
私は生まれ変わったら理論物理学者になりたい.

「つまりどんなものもそれより小さなものでできているという考え方は間違いなくプランクスケール(10の-33乗cm)で終る」
「ブラックホールの地平線をびっしりと「覆っている」のは、このプランクサイズの情報のビットである」


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