錆びたナイフ

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2012年10月23日
[本]

「科学的精神の形成」 ガストン.バシュラール

科学的精神の形成


あろうことかあるまいことか、
バシュラール先生は18世紀にタイムスリップしてしまった.
あの、自分の高等中学校生徒よりできの悪い、無知蒙昧なやからの跋扈する、18世紀にである.
「バシュラール君、貴公は、我ら科学アカデミーに対して数々の誹謗中傷・悪口雑言を投げつけておるそうだが、
 ここにおられるジョフロア博士は、
 金は腐敗しないゆえに、これを体内に接種すると、血液と混合して、血液をあらゆる腐敗から守る、
 という高貴な学説を発表された.
 さらにニコラ博士も、
 金は、性病や癩病を治癒し、心臓や脳や記憶力を強化し、また生殖を刺激する、
 と証明しておる.
 それは誰でも知っているように、金は太陽から生まれ、硫黄の無尽蔵の源泉である太陽が全自然を甦らせるように、人間の自然を回復し、甦えらせるからである.
 これほど明晰な理論を貴公は非難したばかりでなく、あまつさえ両博士を精神病だと決めつけたのは、いかなる所存か」
「あったりまえだ、金は健康をもたらさない、金は勇気づけもしない、金は流れ出る血を止めたりしないのだ、ばかもの!」
「ではうかがうが、貴公は金の効用を試してみたのか?」
「そんなばかばかしいことを試してみる必要などない!、おまえたちは無知で愚劣で野蛮なエセ科学者だ!
 そもそも太陽は硫黄なんぞでできているのではない、あれは水素が燃えているのだ」
「バシュラール君、いったい何を言っておる?、水素が燃えたら水ができることを知らんのか、太陽はびしょ濡れなのか?」(会場内爆笑)
「ちがうちがう!燃えているんじゃない、核融合だ!、水素がヘリウムになるのだ」
「ではバシュラール君、それでは、わわれは大いなる興味をもって、貴公にその核融合とやらを実証してみてもらいたいと考えるが」(会場内拍手)
「そ、そんなことができるか!」
「自ら検証することもなく他人の研究を誹謗し、また自らの説を証明することもできないのか?
 バシュラール君、まずその自分の目と耳と心で感じ、手で触れられることを述べなさい.
 自ら考えもせず実験で確かめもしないことを吹聴するのをやめなさい.
 科学者は常に、神が造りたもうたこの世界に対する謙譲を忘れてはいかん.
 あ、こら、なにをする!」
バシュラール先生は科学アカデミーの学者に飛びかかり首を絞めようとしたので、精神錯乱とみなされ、精神病院に入れられてしまった.
しかし、エディプスコンプレクスだのリビドーだの去勢だの、わけの分らないことを偉そうに言うので、精神病院も追い出されてしまった.
で、どうなったかというと先生、銅板と亜鉛板と硫酸で電池を作り、コイルを巻いて、羅針盤の針がくるくる動く装置を作って「占い」を始めた.
これが評判になって、3年後先生は錬金術師協会の会長になったのである.
ただ、ネズミをみると「ペストだペストだ」と言って逃げ回るので、街ではネズミ先生と呼ばれた.

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