2026年3月15日
[映画]

主人公のエラ(ラウラ・ラウチ)は、耳が聞こえず口もきけない.
まるで彼女に合わせるかのようにこの映画、全編セリフ無し.
環境音は聞こえるが、人声は何を言っているのかわからない.
字幕は、冒頭に「人の伝説」と出るだけ.
話の筋書きは、エラの表情と動作と音楽で想像するしかない.
この「寡黙さ」は、例えば、川本喜八郎の人形アニメに似ている.
舞台は一世紀くらい前のヨーロッパ風で、街は、奇妙なアナログ機械にあふれている.
実は昨今、このような、あり得ない景色の映像は、AIで簡単に作れるようになったらしい.
ネット上でたくさん見られる.
だから、この2時間の作品を見続けられるのは、その奇妙で精緻な映像ではなく、そのストーリーの魅力のせいである.
街の人々の肩には、シールのようなものが光っている.
普通の人は緑色で、赤色は、病気の印らしい.
エラの目の前で、赤いシールの少年が倒れて、死ぬ.
人々は遠巻きにするが、エラは放っておくことができない.
玩具の人形を少年に与えて、手を握る.
この病気は感染症で、それは時折、赤い砂嵐のような雲となって街を襲う.
人々はあわてて窓を閉めて家に閉じこもるが、間に合わなければ、呑み込まれて感染する.
エラは、その大きな目で、死んで行く人々を見つめる.
この映画は、喪失の悲しみでいっぱいだ.
流れ星が破裂して、カミサマが地上に降りてくる.
カミサマはこの世にひとりの子供を送り、その子を育て、子供は歩き出すが、怪物に追われて倒れる.
子供の背中には2本のラッパのようなものがあり、子供の歌声がそのラッパを通して流れ星に届けば、カミが降臨して子供を救ってくれる.
これは、エラの幻灯機で映し出す影絵の話だ.
エラはこの物語を信じている.
街の人々の背には、みなラッパがある.
エンドクレジットで、登場人物の名前がわかる.
エラは、盗癖のある黒人の少年カリーと、ビルの壁にペンキ爆弾で絵を描く男シーグと、身体中に拡声器がついていて乱暴でやかましい男ボックスバックに出会う.
シーグが描くのは、彼の失った家族の絵だ.
彼はどうしても、それをせずにいられない.
彼らは街の厄介者で、ケーサツから追われ、エラも一緒に刑務所に入れられるが、逃げ出す.
エラが死にゆく者の手をとると、世界は突然、写真で埋め尽くされた部屋に変わる.
そこは死者たちの世界で、エラは手をとった相手を、そこから連れ出そうとする.
死とは、実は自分のことではなく、家族や友人を失うこと.
それは、たくさんの思い出を写真のアルバムにしたようなものだ.
街外れの海辺で、毎夜、大きな流れ星が天空を横切る.
エラは幻灯機や拡声器を使って呼びかける.
助けに来てくださいと.
しかし何も起こらない.
ある日、幻灯機の円盤に奇妙な模様が刻印される.
エラはそれがカミの啓示だと信じる.
エラの目を通すと、少数の人間の頭の上に、模様が見える.
シーグの上にも見える.
それは天使の証で、天使たちの声を集めて、流れ星に伝えれば・・
エラと仲間たちは奮闘するが、結局円盤の模様は、機械の故障だったとわかる.
カリーもボックスバックも赤い雲で死ぬ.
絶望するエラ.
ちょうどその頃、街には奇妙な機械が現れる.
この機械で治療すれば、人々は感染の恐怖から解放されるという、要するに「ワクチン」である.
赤い雲は「ウイルス」なのだ.
治療は、背中のラッパを切断し、身体に「mRNA?」を埋め込む.
するとその身体は、キラキラと輝く.
人からラッパを取り除けば、カミへの歌声を発することができなくなる.
つまり「ワクチン」さえあれば、カミの救済などいらない.
街中はキラキラ人間でいっぱいになる.
納得できないエラ.
どの道、赤シールの自分は死ぬ・・治療の列に並ぶシーグをみて、
そんなことをしてはダメ!
エラは、咄嗟に身代わりで治療を受ける.
ダメだ!シーグが叫ぶ.
シーグは、ラッパから火花を出しているエラを連れ出し、
エラはシーグの腕の中で死ぬ.
そして、カミが現れる・・
これが、最後のシーン.
ヒトに喜びや悲しみがあるのは、ヒトが死ぬからだ.
もしヒトに死がないのなら、ヒトの記憶である写真やアルバムに意味はない.
だから、エラが、死にゆくヒトを、生の側に引き戻そうとする行為は、矛盾している.
エラは、ヒトの死の悲しみに耐えられないのだが、
カミが救ってくれるというのは、死をまぬかれること、ではないだろう.
救済があるのだとしたら、生も死もない場所へ超越することだ.
天国で永遠の命を得るなんぞ、とんでもない.
主人公エラは、大島弓子のマンガに出てきた「アメリ」といった感じだ.
横顔は若い頃のジュリエット・ビノシュに似ている.
美人過ぎるのは良くないとばかり、片目を失って絆創膏を貼っているが、それでもこの世をみるエラの目は大きく澄んでいる.
カミサマはこの世にヒトを産み、この世でヒトを死なせる.
「ワクチン」で解決できる話ではない.
私は、この世とあの世の境にある、あの、写真だらけの部屋が気になる.
人の命とは、人とは、思い出そのものなのか?
エラは、あの部屋の先は「死」だと思っている.
私は、あれは所詮「意識」の部屋で、その先に、海のように、もっと巨大で底知れぬ世界があるのだと思う.
エラはその、「無意識」を知らない.
人が意図的にしようとすることは、あまり意味がないのだと、私は思う.
人は、意図して生まれるのでも、意図して死ぬのでもないからだ.
エラとその仲間たちがしたように、やむにやまれずすることだけが、「命」につながる.