錆びたナイフ

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2025年7月3日
[本]

「ブラームスはお好き」 サガン


「ブラームスはお好き」



ブラームスはいい.
私は、ルイ・マル「恋人たち」(1958)の弦楽六重奏曲で、はまった.
モーツァルトでもベートーヴェンでもない.
ブラームスは、演歌である.

この書のヒロイン、ポールは39歳、離婚歴があり、今つきあっているのは同年輩のロジェ.
ロジェは少々偏屈で浮気性だが、ふたりはうまくいっている.
ポールの前に、14歳年下の美青年シモンが現れる.
シモンはポールに恋焦がれる.
この青年は単なるイケメンではなく、ポールの満たされない心にぴったり寄り添う.
女性にとって絵に描いたような恋物語.

『ひそやかに、痛切に、ポールは孤独をかみしめていた。』
ふたりの男に愛されながら、この小説のテーマは「孤独」である.

『ロジエは彼女だけを愛している。
ただ今夜は別れぎわに、なんだか悲しそうだと感じたが、何と言えばいいのかわからなかった。
ポールは漠然と何かを求めている。彼が与えられないもの、これまで誰にも与えることができなかったものを。
それがロジェにはよくわかっていた。』

『すると不意に、涙がこみ上げてきたのだ。
それがやさしすぎるこの若者のためなのか、ちょっと悲しい自分の人生のせいなのかもわからないまま、ポールはその手を唇に持っていき、口づけた。
シモンは何も言わずに、車を出した。ふたりのあいだに、はじめて何かが起きた。
彼にはそれがわかり、ゆうべよりさらに幸福な感情が湧いてくる。
ついに、彼女はぼくを見た。』

この小説はヒロインの心のひだを丹念に追っているのだが、いったいポールは何を望んでいるのか.
今の時代からみれば、主人公は男に依存し過ぎている.
流れる雲のように、男は女のこと、女は男のことしか考えていない、ヒポコンデリー(心気症).
ロジエは決して結婚しようとは言わないが、シモンは『きみさえよければ、明日にでも結婚する』と言う.
ポールはなぜか、シモンと生活を共にする気にならない.
この微妙なこころのゆれの描写は、見事といえばそのとおり.
しかし、じれったい.
「着てはもらえぬセーターを涙こらえて編んでます」

泣きながら車を運転するヒロインが、涙を拭うようにワイパーを動かすくだりで.映画「さよならをもう一度」(1961)を思い出した.
内容はすっかり忘れてしまったが、バーグマンとイブモンタンとA.パーキンスでは、このフランス人のどんづまりノーテンキ感は出ないだろう.

『そして、あなた。人間であることの義務を果たさなかったかどで告訴します。
死んだ者の名において、愛を見過ごし、幸福になる義務をなおざりにし、言い逃れやその場しのぎやあきらめで生きてきたかどで告訴します。
あなたは死刑に処せられるべきだが、宜告は孤独の刑となるでしょう』
やれやれ
つくづく人間とは、難儀な生きものだと思う.

私は、日本の恋愛映画の至高は成瀬巳喜男「浮雲」(1955)だとおもう.
高峰秀子と森雅之は、ポールとロジェなのか?
恋愛とは、男女がお互い求めることではなく、ましてやそうしたいと思ってすることでもない.
それは落雷のような、つまり「メタメッセージ」なのだから、全身全霊で身をまかせる以外にないのである.
あれこれ余計なことを考えるから、都はるみになる、のである.

最後、シモンとの別れ際、ポールは「わたしもう歳なの・・」と言う.
あぁぁ・・なんと「野暮な」おばさんセリフか.

フランス人なら、ドビッシーかサティだろ.
「ブラームスはお好き?」というのは、要するに「都はるみはお好き?」
つまり「だっさーい」というアイロニーなのではないか.
男も女も、ヒトがヒトをとおして解放されることなどない、と、わたしは薄々思う.

24歳でこの小説を書いたサガンもすごいが、
だれもが、なんにも、自分すら、みえていない、という.
だから人生は「夢のようにくるしい」.



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